2014年08月07日

続・ジャンゴの謎

ジャンゴ・ラインハルト、
彼に関して、前から疑問に思っている事が幾つかある。


ロマらしく、自由奔放で自分勝手な性格だったといわれる彼。
ライブをすっぽかしたり、ギャンブルで大損する事が少なくなかったらしい。

中でも有名な逸話として、盟友ステファン・グラッペリと共に「ホットクラブ五重奏団」と共にイギリス・ツアーを行った際、司会者がグラッペリの名前を先に紹介した為、怒って一人で帰国してしまった、というのがある。
(噂が語り継がれる過程で、いくつかの話が組み合わさった可能性もある)

ジャンゴの身勝手さを表す格好のエピソードだけど、ここにも疑問がある。


時あたかも第二次世界大戦中、他ならぬロマであるジャンゴは何故、危険なフランスに帰国したのだろうか。
(ステファン・グラッペリは、身の安全の為にイギリスに留まった。彼らが再開したのは終戦後だった)

ナチによるユダヤ人やロマに対する迫害が激化する中、とりわけミュージシャンなどの芸術家は真っ先に「駆除」対象となった(また、「ジャズ」という音楽自体もヒトラーにより攻撃対象とされていた)。

しかし、幾つかの資料によれば、、占領下のフランスにおいてもジャンゴはドイツ人の高級将校が出入りするレストランで、それまで通り平然と演奏を続けていたらしい。

何故か?

一説によるとルフトヴァッフェ(ドイツ空軍)のDietrich Schulz-Kohnという役人が、彼の音楽の熱烈な支持者であり、彼を擁護していたらしい。

しかし、それだけでは答えにはならない。

彼は何故逃げなかったのだろう?


  続く


P.S.
「ジャズ・マヌーシュ」とは、「ジプシー・ジャズ」や「マヌーシュ・スウィング」のフランス語呼称(?)です。

「ジプシージャズ」というとチックコリアの『スペイン』などスパニッシュ系を想像する人が多いし、ジャンゴの音楽を全て「スウィング」で括るのもなんなので、「ジャズマヌーシュ」という呼び方を推していきたいなと思うわけです。
(「ボサノバ」のような固定した呼称がないのも、このジャンルがいまいちメジャーにならない理由の様な気がします)

というわけで「ジャズマヌーシュ(Jazz manouche)」、 しかしながら、英語的表現に慣れている身としてはどうも耳慣れない語順ではあります^^;
posted by Clark at 13:46 | Comment(0) | JAZZ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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